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人の在り方と存在意義リメイン サービス・人と心と存在






人は人の中でのみ人間となる

人・心・自然・価値を考える


当社からのご挨拶に代えて

【生物としての人間】

 現在地球上には、約60億という人間が生息しています。これは有史以前、他の動物と異なり二足歩行をすることにより両手を自由に使用し、自己の能力を道具により発展させてきたことに始まります。身体能力的に弱者であった「人類」は弱点を補完すべく生き抜く知恵を身につける必要がありました。これは1人で不可能なことも大勢の力で可能にし、創意工夫により環境に適応してきたことを意味しています。又、これには、言葉という意思疎通の手段が大きな役割を果たしてきました。その後、集団として生きることに不可欠な様々な作業や労働を分業し、効率化することにより個体数の増加に対応し、次第にその規模を拡大しつつ知恵の蓄積と伝承により文化を形成し人間社会が充実していくことにります。
 このように人間という生物の生存や発展には必ず相互依存と協力関係が必要不可欠であり、これからもそれは変わらない事実として存在し続けます。
 人間は地球上の生命として確かに唯一文明を発展させ、地球規模の社会を形成する事に成功しました。しかしこれは決して人間だけの特権ではなく、たまたま地球上で最初に実現したのが人間だっただけなのであって、他の生物にも同じように発展する権利があるのではないでしょうか。一つの生物として人間も他の生物も変わりは無いのであって、近年の自分勝手なおごった振る舞いは生命のバランスを崩す行いと言えるでしょう。
 絶滅種関連ですが生物多様性の維持について等は身近な問題を取り上げて解り易いと思います。 

【自然の摂理の中の人間】

 本当に人間が地球規模の自然現象をコントロールできるでしょうか。答えは今のところNOです。これを実現するには現在の人間はあまりにも無知・無力といえます。今まで人間は無謀にも自然をねじ伏せようともがいてきました。ところが、何十億年もかけて組み上げられてきた地球規模の自然のシステムというものが、万象が複雑に関連し合い長い時間をかけ安定してきた結果だということに気づいていませんでした。当然、人工的な(自然に反する不自然な)事象が大規模に行われた場合、自然はそれに対応すべく様々な変化を余儀なくされます。この変化は生物にとって都合の良いものとは限らず、又、時として取り返しの付かない事象(変化⇒異常現象)を招くことにもなります。ですから、もし大規模に自然界に影響を与え続けた場合、地球環境が大きく変化し、人類どころか生命の生息できない星になってしまう可能性すらあるのです。一部の人間は、自己の利益を優先するあまり、誤った認識や、無知という土壌が招く危険を無視し続けてました。人間(特に一部の人間)だけにとって有益な科学技術とは、実は他の生物(他の人間も含めて)や自然環境に深刻な影響をもたらし、結果としてその代償は人類全体が負っていかなければならないという大きなリスクを必ず伴うものなのです。
 このままいくと私たちは無知ゆえに滅びの道を歩んでゆくことになりかねないのです(既に遅いかもしれませんが改むるにはばかるなかれです)。
      地球環境学の書籍やリンクを紹介しているサイトです。是非ご自分で学ぶことをお勧めします。

【人の価値と自由】

 人は生まれながらには無知無能と言えます。しかし、全て(あらゆる)の可能性を持って生れてきます。どう成長するかはまわりの人間と環境と本人に託されています。又、たとえ立派に成人したとしても自分1人で自分の命を支えているとはいえません。何故なら、それは人が人間の社会という集団システムの中で生きているからに他なりません。前述の様に人間は古来より社会(集団)というシステムの中でこそ生き永らえてきた存在です。つまり人が生きているという事実は、社会という相互依存と協力関係の上に築かれているものなのです。そしてそれが無くなれば人は自分の生命さえも維持できなくなります。これは戦争などの非常時に顕著に見られる事象ですが、戦争に限らず発現しうるものです。このような事象を招く原因の一つに、強力な指導者と狂信的な集団による偏見や無知に基づく行動があげられます。国政や国際関係もこの例外ではありません。又、社会的な教育や生活習慣が荒れてくると社会全体の荒廃をまねきます。ですのでもし自分の命に少しでも執着があるならば、少なくとも社会や国政のあり方に気を配るとともに積極的に関わっていくしかないのです。
 自分や家族の生命に関わることなのにこの事実に気がついていない人が多くいることには驚かされます。自分の命は自分の責任において守らねばなりません。誰もすすんで他人の命に責任は持ってくれません。
 そこで現在の人間社会において自分や家族の命を守ろうとしたならば、社会という相互依存と協力関係のシステムを夫々の人間が自分の責任をもって実践しつつ、正しく機能するよう監視し不備を是正していくことが求められます。又自立した社会人とはこういう社会的な責任をも全うしていく人間だといえます(つまり人間の価値とは社会という相互依存と協力関係の上に成り立っています)。言い換えるならばもし国民の一人一人が自分と自分の家族を守ろうとするならば各々が自立した社会人として人間社会に責任をもっていくことが必要となるのです。もし国民の一人一人がこの責任をまっとうしていない時は、結果として犯罪の増加、国政の腐敗、人間関係の希薄化、等々の社会システムの崩壊現象ともいえる兆しが現れ、そのうち徐々に生命の安全や権利が確保できなくなって行くことになります(現在この状態が進行しています)。
 近年、日本では自立した社会人(人はただ一人の存在ではなく他人との協調・協力関係が社会を形成し自他共に支える、ということに気付き努力している責任ある人々の事です)と呼べるような方々が極端に減ってきたように思われます。かつては表の舞台に立つことの無い裏方として、自分の損得を超えて社会を支えてきた方々が大勢いました。そういう方たちのお陰で日本の社会平和は均衡を保ってきたのでしょう。しかし、高度成長後の日本は物質主義に陥り、自由主義(意味を取り違っている)の名のもとに個人の利益だけを追求するあまり、社会にとって一番大切な相互依存と協力関係を軽んじるようになってしまいました。現在も陰となり支えてくださっている方々は沢山いらっしゃいますが、人口に対する絶対数が少ないことと、その負担が大きくなりすぎたことで少なくならざるを得ない状況に追い込まれています(自分がその立場にたったら、バカバカしくてやっていられないですよ、きっと!)。(それでも頑張っている人も大勢います。頭が下がります。感謝。)

 戦後の日本はアメリカ指導の元、目覚しい復興と発展を遂げました。新しい考え方(経済・政治・社会・教育等全てにおいて)に順応し、良い悪いの判断もせずに(無理も無いが)盲目的に突き進んできました。そのおかげで経済的物質的には先進国の仲間入りをすることができたのですが、一方人の心の成長の面で大きく後退してしまったのです。つまり、人が行うあらゆる活動(言動他も含めて)というのものは、健全(自立した社会人としての)な精神(人格)の上で初めて建設的で有用な活動となるのだということを軽視してきました。もちろん自立した社会人も大勢生き残ったのですが、タガが外された状態の日本では、大多数の人間は欲望のまま(物と快楽に)流されてしまいました。
 残念ながら戦後生まれてきた人にとっては、それが当たり前の世界で育ったわけですから、多くの人は、人としての人格の成長というものが如何に大切であるかという事を顧みる事はしませんでした。そのツケは社会に蓄積されていき、後世の人間が対価を払わせられます(冗談じゃないですね)。

 現在のわれわれは過去から受け継がれた遺産や資産を使うだけで(バカでもできることです)、それを有効に使用する努力や新たに生み出し創り出す努力を忘れています(造り出す事こそがもっとも大切な人間の価値の一つだと思います)。たとえば貴重な資源から生み出される数々の製品を十分使用できるのにゴミとして捨てるというのは、無駄というより生命形態全てに対しての犯罪行為と同等である言わざるを得ません。

 という訳で、人として生きることとは、労力(面倒くさいことと言い換えても良い)を惜しまず社会的活動を続け、他の人と共に生きることであり、そして本当の幸せとは、もの(お金や物)だけからは決しては得られない(心の中にある)ものだ、ということです。 人が人として生きるには?(制作中)

 ですので、今まで日本に生きてきた方々や今生きている方も含めて、経済を支えてきた方々の(思慮に欠けた)努力は評価しますが、お金や物だけに固執する稚拙な社会を作り出した責任はとるべきだと考えます。もちろん私もその一員として責任を負っていかなければならないのは言うまでもないことです。 

 価値とは人が創り出した尺度であり、本来の物が持つ有用性なり真の価値なりは人間が勝手に決めるべきものではないと思います
 一人の身勝手なワガママは人類全体に対する迷惑となり得るということを認識してください。
 そして我々の持っている自由とは地球や地域社会で厳格に限定されたものを意味するのだということを理解する必要があります。

【インターネットをご利用の皆様へ】

 今まで述べてきたように一人一人の人間は社会人として、まずは現実と事実を知る義務があるのではないでしょうか。インターネットなど情報社会が発展しつつある現在、様々な情報は簡単に手に入れられる様になりました。しかし、必要な事実情報がむこうから勝手にやって来るわけではありません。我々はちょっとした努力を惜しまなければ容易に様々な情報を得ることができます。その中で事実や真実を見極め正しい判断ができるように日々注意していなければなりません。
 今、我々がはじめにするべきは様々な現実と事実を知る事だと思います。そして何をしなければならないのか考える事も大切になります。又その上で自分で出来ることを、とにかくやり始める事が必要になります。知っているだけでは物事(自分自身を含めて)は変えることは出来ません。どんな些細な事でもいいですから自分自身がアクションをおこす必要があります。そして、それをやり続ける事です。
  ⇒ 始めの一歩としてはクリックするだけで社会貢献できるサイトもありますよ! それと当サイトでお買い物をする事でも間接的に社会貢献することになります!ありがたい事です。
 世界の一人一人がこういう姿勢で少しでも力を重ねることが人間社会をより良くするためには必要であり、ひいては自分自身を豊かにしていくことなのです。そして人の尊厳とはこういった一人一人の(前向きな)人間を尊重する姿勢から生まれるものなのではないでしょうか。私どももこのことを肝に銘じ、尊厳ある人間の一人として責任と誇りをもちつつ、これからの社会で生きていきたいと思います。
 尚、私どもは総合万象科学(全ての学問や人間活動の事象においてジャンルや型にとらわれずに全ての知識を結集し科学的な考察と研究をする)の立場での活動を理想としております。

 当社ではネットにおいて事業を展開する上で、以上のことを念頭におきコンテンツ開発をしつつ、生産者、販売者、消費者がそれぞれ最適の(又は平等に)利益を得ることが出来る方法は無いものかと模索してきました。どこかに偏りが生まれれば当然しわ寄せが他方に行くことになり、結局は長続きはしないからです。しかしながら、中々最適状態を実現できずに現時点では次善の上で事業展開をしていますが、これからもより良い状態に近づけるよう日々精進を続けていこうと思っています
 尚、、運営コストをゼロに近づける為(営利にこだわらずに営業したいので)、当サイト構築においてはほとんどが無料のサービスを利用しております。ご利用者様にはご不便もあろうかとは存じますが何卒ご理解くださりたくお願い申し上げます。
 おわりに、皆様方におかれましても、本当に良い物を大切にする目と心を養って、これからのインターネットライフをより良いものとされることを心からお祈りいたしております。

【このサイト内の主な著作(制作中のものもあります)紹介】

当サイトにおける人間サポートについての指標    人生の価値と意味を考える   命・存在・心を考える

人が「人」として生きるには   知ることの大切さと第一歩   始めは誰でも出来ることから

自殺の意味について考える   弔いの心と形を考える

 サイトマスターのご紹介や随筆をご紹介するページです。是非一度お立ち寄りください。

 文責:remain・iihama


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