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貴方が死ぬ意味がどこかにあるの?

自殺の意味について考える


 □人が自殺する意味は何処にあるのだろうか?

 現代社会の生み出した歪の中でも、大きな問題は心の問題であろう。全ての現代人は様々な要因から何かしらの心の病にかかっていると言っても過言ではない。その中でも大きな問題は、犯罪や自殺等の直接大きな影響を与える行動を引き起こす心理だ。その中でもここでは心身症や精神病では説明のつかない純粋に思考の結果としての自殺を中心に考えていきたいと思う。

 さて一口に自殺といってもその原因としては様々な理由や背景がある。その中でも一番多いのが自分や自分を取り巻く環境全てからの逃避という意味合いのものなのではないだろうか。中には利害を前提に死ぬ事もあるだろうが、これは本来(ここで論じる意味で)の自殺と言うより命を金銭・利権・理想の実現・ただの思い込み、等の対価として変換した結果(自分の心以外に原因がある)であると考えた方が納得がいく(愚かな行為では有るが解らなくも無い)。
 ここでは、純粋に自分の心の問題により自らを殺す(否定する)行為を取り上げていきたいと思う。なぜなら、このような人間こそ、生きるに値する人間であると私は思うからだ。
 現実の社会の中には、死んでもらった方が人の為になるような人間が多々存在(その存在が他の多くの人々にとって害悪をなすという意味において)し、人の迷惑を無視してやりたい放題をしている。そんな人間に比べると、心の問題により自殺を考えるような人間たちの方が余程世の中に迷惑をかけていないどころか、真剣に人生を考えているとも言える。だからこそこういった命が失われる事は社会の損失であり、非常にもったいないことなのだ。
 できれば、自分の本来の価値に気付いて(というか価値を築き上げて)より良い人生(と言うより、もっと困難な人生に挑戦して欲しい)をおくってもらいたいと願っている。

 さて、考えを進めるにあたって、まず、私の「命」に対する基本的スタンスを理解して欲しいと思う。

 人が生まれるという事は本人の意思には関係なく必然として発生するわけであり、生まれてきた本人がその価値を決定できる事ではない。本人や他人が成長後に振り返って人生の価値を見つける行為は前述の社会的価値の評価にすぎない。
 絶対的価値とは、そこに有るがままを是として捉える事からはじまる。貴方(又は物)は貴方(物)であり以上でも以下でもない存在であり、自分や他人の評価には左右されない絶対的な価値があるという事だ
 その上に、人間社会での評価があるのであり、極論するとこのような評価にこだわる必要はないもいえる。又どんなにつまらなく思えるものや生き物にも当然絶対的な価値は存在する。ただ人類がその価値を理解できないだけだ。
 そして、貴方が今ここにあるのは、はるか昔から連綿と続く様々な人間の意思や思い他様々なものの集大成なのだから、自分勝手な理由からその存在を否定する事(たとえば自殺や殺人)は、「様々な人間の意思や思い他様々なもの」自体を否定する(無に帰する)事につながり、全てを裏切る行為といえる。命を奪う行為(自分であれ他人であれ)はこういった意味から「昔から連綿と続く様々な人間の意思や思い他様々なもの」全てを否定する事であり、これを許せば人類が行ってきた全てが無に帰する事になる。と言う事は人を殺す(自殺や殺人)という事は自分をも他人をも滅ぼす(否定する)という事なのだ。ここに命の尊厳があり「地球より重い」の真髄がある。貴方及び全ての存在はそのままで尊いものであり、なくてはならないものであり、有るがままにあり、以上でも以下でもない。
 (「人生の価値と意味−□人生(生命)の絶対的価値とは?−物や生命そのもののもつ本来の価値−」より抜粋)

 と言う事は、命には必然としての存在理由があり、それを全うする事が生きる事(実に苦しい選択です)と言えるのだ。つまり生きる事は自分の存在を確認するあてどない行為なのであり、もし自分が無ければ生きていても意味は無い(自分にとって)。だから多くの自殺志願者は自分を見つけられずに苦しんでいる、迷える子羊といえる。

 このスタンスにおいては、自殺を否定的に捉え、自然の流れを阻害する要因として多くなる事が望まれない事象として捉えられる。なぜなら前述のように命が失われる事は社会の損失であり、非常にもったいないことなのであり、多くの可能性を否定するからだ。本当にもったいないと思う。
 だからと言って「善又は悪」と決め付けているわけではない。もともと人間の存在意義は善悪で定義するようなものではないし、私ごときが他人様の生き方(又は死に方)に口をはさむ等おこがましい事なのだから。自分が死のうが生きようが他人がとやかく言うべきではないが、やはりもったいない。

 さて以上の事を前提に、これから自殺の考察にはいりたいと思う

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○死ぬ事への動機と理由

 成長における育成環境の問題と社会環境−教育への思い込みと精神の発達過程での情報氾濫(人格形成の阻害要因)

 個性とは様々な知識や経験から生まれてくるものであり、初めからあるものではない。個性(育まれた精神)と嗜好(生まれながらに持っている欲望)は違う次元のものだと言う認識が必要。その上で個性を大事にする事とは、個人にとっての様々な可能性を残してやる事であり、自由奔放にさせておく事とは別物である。個性を伸ばすならば、あらゆる経験を積ませた結果において何が適正かを見極めたうえで本人に選択の自由を与えなければならない。
 現在の教育は多様な経験を積ませる事ができていない。机上の学問は経験により補完されなければ生きた知恵となりえない。このような知識だけを与えられた人間は嗜好(生まれながらに持っている欲望)により物事を判断する傾向を示し、その多くが精神的な未発達状態のまま加齢する事となる。
 自殺願望なども、精神の未発達が招く結果の一つと言える。成熟した精神においては思考のパラドックスは理論的に整理されるが、未発達な精神においてはデススパイラルに陥り易い。
 

 存在意義の喪失と虚無感、生理的苦痛又は肉体的限界からの逃避、思い込み(精神のループ)による飛躍願望、

○欲望と希望と諦めと葛藤

 物質世界(人間社会)の制約と限界、肉体(体)と心(精神)の形骸化、
 スターウォーズのテーマである「フォース(理力)」と「暗黒面のフォース(欲望の力)」が暗示するもの。

○人格と理解力と精神年齢

 外界に働きかけるための道具としての「体」、道具(体)を使いこなす為の心(精神)、3次元世界の法則に縛られる心と体、心は全てを超越できるか?

○世の中の矛盾と真理

 矛盾を解消する為の真理、束縛を解き放つ為の真理、有るがままに有る事の難しさ

○永遠への逃避と無への回帰

 誤解から生まれる「生」の有限性と「死」の永遠性、変化の中にこそ無限と永遠がある、一人の人間の「生」も「死」も生かすは他人、



 皆様へ−知るべきを知り為すべきを為す

 たかが人間されど人間、人は以上でも以下でもない

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   文責:H・飯浜


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